花美、個性的な日本料理店

先日、私が務めるお店のリニューアル内装工事のため、2日間の臨時休業が有りました。働き始めから初めての連休ということもあり、友人と社長と三人でホーチミンの花美と言う懐石料理に行ってきました。とても良かったので、「社長と私たちも真似しよう」と盛り上がりました。そこのお店の記事を見つけましたので翻訳しました。 ホーチミン市には、日本人駐在員の増加とベトナムでの日本食人気の影響を受けて多くの日本食料理店があります。その中でも、懐石 花美は、リーズナブルな価格で伝統的な懐石料理を味わうことができる数少ない料理店です。 ベトナムで「懐石」という言葉は、まだ馴染み深くありません。ほとんどの人が日本食と言えば寿司や刺身を想像しますが、「懐石」は世界で最も繊細な料理です。 「懐石」とは、繊細に美しく調理された日本の伝統的なコース料理で、料理人の独創性や旬の食材、価格によって、店ごとに様々な形で提供されますが、一般的なスタイルは盛り合わせ、刺身、焼き物、天ぷら、蒸し皿、飯椀、吸い物に甘味が含まれたコースです。 料理は温かい料理と冷たい料理を組み合わせたもので、思い出に残る味の旅を楽しむことができます。「懐石」は、最も洗練された高級な日本料理の一つで、日本で食べると1人前で飲み物を除いて100から500米ドル程度です。しかし、ホーチミン市では花美に行けば手頃な価格でお試しになれます。 このレストランは数ヶ月前にオープンし、ホーチミン市日本領事館で料理人をしていた30歳のタカさんが経営しています。タカさんはサンフランシスコの日本料理店にいた経験もあります。 花美には、蓮(60万ドン)、桜(80万ドン)、花美(100万ドン)の3種類の懐石メニューがあります。店内は小さ目で10名分のカウンター席と11名用の個室があります。店では来客数に応じて食材と料理を準備するので、少なくとも1日前までに予約をして、メニューを選択します。コースの基本構成は、複数の前菜と天ぷら、飯椀と吸い物、甘味です。 筆者は桜を選びました: – 前菜(6種):カボチャクリームスープ、サバの刺身とイクラ、卵焼き、鰻寿司、玉葱とチェダーチーズを添えたベーコンのグリル、夏野菜のマリネ 前菜ではスープ、刺身、鰻寿司が美味でした。 – 二皿目:カニと野菜の冷たい和え物 – 三皿目:7種類の天ぷら(エビ、オクラ、シソ、キス、イカ、キノコの豚肉巻、ベビーオニオン、苦瓜のチーズ詰め) コースのメインディッシュで、目の前で料理人が揚げていきます。特にエビとキノコ、ベビーオニオンが新鮮で美味でした。 – 四皿目:シーフードカクテル 揚げ物の後で多少腹が膨らんだ状態でしたが、穏やかな酸味が腹を落ち着かせて、続く料理のための口直しになりました。 …

ベトナムにおける台所の伝統(1)食物と歴史の融合

「それは私の祖母から始まった。彼女は旅行するのが大好きだった。」 小さくて混雑した部屋で、母と娘が聴衆に面して座っていました。ビバリーヒルズのクラスタシアンのベトナム人料理長であるヘレン アンが立ち上がりました。娘のジャクリーン アンはヘレンの隣に座っていました。カリフォルニア大学のラングソン図書館では東南アジアに関する記録保存の30周年を祝っていました。ジャクリーンは家族のレストランの起源に関する話をしました。 「ヘレンは1971年にサンフランシスコに行きました。」とジャクリーンは語りました。 「当時は戦争中でした。」 「1969年ですよ。」とヘレンは耳打ちしました。 「そうそう、ヘレンは1969年に来て、1971年にレストランをオープンしました。」とジャクリーンは語りました。群衆は、母親が娘にした穏やかで誇りに満ちた耳打ちを笑いました。ストーリーは最初から最後まで、正しく話さなければなりません。結局、それはヘレンに、そしてジャクリーンと彼女の姉妹に、そしておそらく最終的には彼女の子供たちに話し継がれることです。この物語は、アンの家族の生活を変えた日を伝えるものです。 部屋には、ニンニクの微妙な香りが空気を漂っていました。各テーブルには、ミントの仲間の緑色と紫色のベニラミスの葉が飾られていました。これらの葉の横には、ヘレンとジャクリーンが提供したガーリックヌードルが入っていた空のプレートがありました。 ママと呼ばれることを望んだヘレンは、融合の母と呼ばれます。ヘレンは伝統的なベトナム料理にフランス料理やアメリカ料理などの異なる料理を組み合わせたことで知られています 1971年7月に最初のレストラン「タンロン」(グリーン・ドラゴン)をオープンし、アン・ファミリーはアメリカ人の舌を虜にしました。成功の後、さらに4軒のレストランをオープンしました。1991年に、サンフランシスコで2軒目のレストラン「クラスタシアン」を出店しました。1997年にビバリーヒルズに2軒目のクラスタシアンを開店しました。2009年にアンクイをコスタメサにオープンし、2010年にサンタモニカで庭園風カフェのティアトをオープンしました。ゼロからレストランを設立し、4軒以上も展開した40年で沢山の舌を魅了してきました。 ジャクリーンがキッチンに入ると、きれいで清々しいレモングラスの柑橘系の香りが鼻に届き、今はもう戻ることができない伝統的なベトナムが息づきます。ベトナムの記憶とベトナムが独立し、国として生き残るための気高い戦いは、ママ自身が料理人になる旅の始まりに心に刻んだもので、今度発売されるベトナム家庭のレシピ(An: To Eat: Recipes and Stories from a Vietnamese …

栄養サプリメントは本当に必要か

ラオドン紙(労働新聞)は、国立栄養研究所の臨床栄養学科のグエン チョン フン教授に、子供の栄養サプリメントの摂取について話を聞きました。 ベトナムでの子供に対する栄養サプリメントの使用についてどう考えますか? 栄養サプリメントはベトナムではとても人気があり、過剰な広告で販売促進をしているケースもあり、それを信じて子供に与える親も沢山います。国産品でも輸入品でもドラッグストアや子供用品店、インターネットで簡単に購入できるので、サプリメントを与えすぎてしまうこともあります。 また、医者の指導を受けずにサプリメントを使用するケースも多く、初めは効果があっても、時間と共に効き目が薄れていくため、使用量が増加してしまう危険性もあります。 最近、国立栄養研究所で診察を受ける親子が増えていますが、その理由は、幼少期からの効果的な栄養摂取により成長を促したい人や、サプリメントが効かないので相談に訪れる人など様々です。 ベトナムでは、医者からの指導を受けずに自己判断で薬品や栄養補助食品を購入し、摂取することが一般化しているため、トラブルが絶えない状況なのです。 栄養サプリメントは薬品ではないので、医師からの処方は必要が無いのではないでしょうか? 通常はサプリメントに医師の処方は必要ありませんが、子供に健康上の問題がある場合は医師の助言に沿った処方が不可欠です。多くのサプリメントには複数の栄養成分や微量栄養素が含まれますが、子供によっては特定の栄養素だけが不足している場合もあり、複数の微量栄養素をまとめて与えることが悪影響に繋がることもあります。 微量栄養素が不足している子供に栄養サプリメントが有効に働く場合もありますが、適切な量と頻度で摂取して、それでも効果が得られない場合、または、何らかの問題を引き起こす場合は、医師に相談する必要があります。 栄養サプリメントのを過剰に摂取すると、どのような害があるのでしょうか? 例えば、ビタミンサプリメントの有効成分量はビタミンの水や脂質への溶解量で決まります。水溶性ビタミンの場合、水に溶けて体内から排出することができますが、脂溶性ビタミンを過剰摂取すると肝臓に蓄積して中毒症状になることがあります。 サプリメントに起因するトラブルは、食品による健康問題と同様に、短期的には無害でも、長期的な摂取が害を及ぼすことがありますが、人によってサプリメントへの反応は異なるので、不適切な摂取による有害性を確実に検証するのは難しいのが実情です。 どのような場合サプリメントを摂取したらよいのでしょうか? 原則としてサプリメントを摂取する必要はありませんが、毎日の食生活で十分に栄養を摂取できない場合にはサプリメントの使用を検討して下さい。微量栄養素やビタミンは自然食品に豊富に含まれているので、適切な食生活をしていればサプリメントが無くても健康上のリスクを減らすことができます。

冷涼なベトナムの高原での低コスト生活

私の友人であるアメリカ人のジョンがダラット移住したので、興味がありインタビューしました。 ジョンは、ワシントン州のオリンピア出身で63歳です。オートバイ愛好家で、2013年にベトナムでバイクを乗り回すためにやってきました。 彼は、初めて訪れたときから、ベトナムの中央高原のダラットに住みたいと思っていました。 「ダラットに移住した理由はベトナムで発見したアメリカ太平洋岸北西部に最も近い場所だからです。地形、樹木、気候が母国を思い出させてくれます。母国との唯一の違いは、ダラットの雨期は冬ではなく夏に来ることだけです。」と彼は言いました。しかし、違いはそれだけではありません。ダラットでは、ジョンが住んでいる4階建家屋の家賃353米ドルを含んでも母国の4分の1のコストで幸せな老後生活を送れます。 「休暇のために来ていた人の多くが移住を決意して、ダラットに住んでいますが、私も同じです。初めはダラットがとても美しい土地だと聞いて見に来ただけです。まず驚いたのが、食べ物がとても安くて美味しいことでした。そして、人々は友好的で、涼しい気候は快適でした。オリンピアに帰ってから1年と3日後にベトナムに戻り、ダラットに移住しました。」 熱狂的なバイク愛好家として、ヘルメットの着用が常識だと思っていましたが、最初のベトナム旅行で、ヘルメットを着用しない子供達と出会い、ヒヤヒヤしました。「ベトナムに移住する直前に不動産を売却して、得たお金でダラットの子供たちにヘルメットを寄付すると友人に言って回りました。結局、売却益は8,000米ドルほどになり、ヘルメットを購入するために寄付しました。ダラットの中でも貧しい学校を2校選び、すべての子供と、教師、校長、管理人を含む大人にヘルメットを寄付しました。合計で750個のヘルメットを寄付しました。 ジョンは地元の子供たちにヘルメットをプレゼントした「ベトナム人の心を持つアメリカ人」として地方役場に飾られている写真を誇りに思っており、その後もウェブサイトでヘルメットの大切さを伝えています。 ダラットの人口は約20万人で、そのうち外国人は約200人ほどですが、たくさんの西洋風のレストランや外国人向けのアクティビティがあるので簡単に友達を作れます。 「毎週金曜日の夜と毎月第1土曜日の午後に、外国人が集まるサークルがあります。会場は毎回違いますが、ダラットの外国人グループに入れば連絡を受けることができます。他にも外国人とベトナム人が参加しているオフロードバイクのサークルがFacebookを使って活動しています。」 その規模にもかかわらず、ダラットが持つ小さな町の雰囲気と強いコミュニティー意識をジョンは愛しています。 「交通事情も良く、10分程度あればどこへでも行けます。また、家族経営のお店もたくさんあって、何度か訪問すれば、店員さんはあなたの顔と欲しいものを覚えてくれます。昨年、私は病気になって5ヶ月間も外出ができない時期がありましたが、病後に外に出かけると、しばらく顔を合わせなかった人たちが復帰を祝ってくれました。」 ダラットは湿度の高いホーチミン市から北東に180マイル(約290キロ)ほどの距離ですが、標高が5,000フィート(約1,500メートル)あり、年中穏やかな気候です。町は丘陵で、山々、滝、松林に囲まれていて、昼間の年間平均気温は23℃ですが、夜間は14℃まで冷え込みます。散歩やサイクリングなどのアウトドア活動に適していて、町中に公園や湖、花園があります。活気のある都市とは言えませんが、平和と静けさを楽しむには理想的です。 「私は今、都会の活気とはかけ離れた生活をしています。バイクに乗って近所を走ったり、丘陵の散策を楽しみます。1時間以内の距離に滝が10か所もあり、市内から6マイル(10キロ)離れたチ マット村にはリン フック寺という素晴らしい寺院があります。そして、ほとんどの時間を、交通量の少ない小さなレストランやカフェでお茶を飲みながら、のんびりと暮らしています。」 ジョンは朝食は自宅で食べますが、昼食と夕食は外で食べます。ダラットでは安くて美味しい食べ物が簡単に見つかります。「ほとんどがベトナム料理で、近所に大好きなベジタリアンレストランがあります。コム カレーというカレー屋に行けば、カレーとご飯のセットがたったの88セントで、テーブルのお茶は無料です。1.1ドルも出せばチャーハンが食べられます。西洋料理を食べたいときには、一番好きなワン モア カフェに行きます。ガールフレンドと2人分で約11ドルですが、とても美味しいです。」 ジョンは仏教寺院の庭園の先にある広々として近代的な内装の家に住んでいます。家はベトナムの標準的な造りで、4階建の各階に1つの部屋があり、ヤシとユーカリを眺める窓と大きな2つのベッドルーム、近代的なキッチンが付いて、家賃は月353ドルです。「とても広々とした良い建物で、各部屋にプライバシーがあり、多くの好きなレストランやお店には徒歩で行けます。オリンピアであれば、月1,200ドルは払わなければなりません。」 …