ベトナムにあるほとんどの日本食レストランは現地顧客向けにサービスを提供

770件の日本食レストランのうち51.95%がホーチミン市で出店しており、また、全体の90%がベトナム人向けにサービスを提供しています。日本貿易振興機構(JETRO)のホーチミン事務所によると、ベトナムには約770件の日本食レストランがあり、その多くが日本人よりむしろベトナム人をターゲットとしたものです。 しかし、日本食レストランが増加する一方で、競争の激化に伴い、多くの店舗が閉鎖したり、経営の見直しを迫られている実情もあります。ベトナムには約770件の日本食レストランがあり、そのうち51.95%がホーチミン市に出店していますが、その数は今後も増加する見込みです。また、日本食レストランの約90%がベトナム人向けにサービスを提供しています。南部の日本食レストランの50%以上は日本人が経営しており、ヨーロッパの約20%と比べると大きな割合となっています。また、ベトナム人をターゲットにした日本食レストランの成長が著しい一方で、ベトナム在住の日本人向けの小規模な店舗も存在します。 JETROによると、この2年間でホーチミン市場を調査した日本企業にとって、飲食サービスやレストランが最も魅力的な投資対象の1つです。また、寿司、刺身、味噌汁などの日本の大衆料理の人気の高まりから、ベトナムのレストランやホテルのメニューにも含まれるようになってきました。 昨年の統計では、日本からの農産物と食料品の輸出額においてベトナムは7番目の巨大市場です。コーベ ビーフ社は土曜日に、ラムドン省の中央高原地方にあるバオラム地区で、神戸牛プロジェクトの開始から約4年を経て、ベトナムで生まれた神戸牛品種の牛肉を初出荷すると発表しました。日本原産の黒毛和牛のベトナムで生まれた第1世代で、食肉として出荷されるまで36ヶ月間を要します。この牛肉は1キロ当り300万ドン(約132米ドル)で販売され、主にレストランに出荷されます。コーベ ビーフ社のグエン チ ドゥック ブゥ部長は、日本の神戸牛と同レベルの基準で育成されており、飼料に関しても育成を担当する日本の専門家が選定したものだと説明しました。解体過程も日本の専門家の指導のもとにも行なわれています。ブゥ氏は、牛の頭数は現在の300頭から来年には500頭に、そして2020年までに1,000頭まで増やしたいと語りました。

ベトナム人の嗜好に訴える日本産品

日本産品がベトナムの消費者で人気を集めており、両国の企業にとってはチャンスが拡大しています。 イオンはベトナムに進出している最大手の日系スーパーマーケットチェーンの一つです。日本産品はベトナムの人々に人気があり、大都市にはイオンやミニストップ、ファミリーマート、トーキョーデリ、牛角、大阪王将などの日本の小売店やレストランが出店しています。 日本貿易振興機構(JETRO)農林水産食品部長の高橋 和宏氏は、ベトナムは日本の農産品にとって高いポテンシャルを持つマーケットであると説明しました。 ベトナムでは、日本の鮭やマグロ、神戸牛、うなぎの売上が好調ですが、それらの日本産品は一般のベトナム人からの支持を得ています。ベトナムの消費者は、安全性と品質が高い食品に対する出費を惜しまない傾向にあると、専門家は語りました。その結果、ベトナムの日系スーパーマーケットでは新鮮な野菜の売り上げが毎年200%以上も増加しており、今後も力強い成長が見込まれます。食料品に加え、日本の化粧品もその安全性と品質を理由によく売れています。また、日本の投資家によると、ベトナムは全人口9000万人のうち60%が35歳未満の若年層であり、所得の増加が若年層の購買意欲を高めているので、食料品と小売を扱う外国企業にとっては魅力的な市場です。 JETROホーチミン事務所代表の滝本 浩司氏は、ベトナムの消費者からの日本産品の需要と日系資本のサービス、消費、食文化への流入が結びついて、ベトナムでの関連ビジネスの成長に繋がったと説明しました。 この取り組みには日本企業がベトナムで受け入れられるための工夫も見られます。例えば、日本企業はベトナムに食料品を売り込む際に、現地の味覚に合わせる工夫をしてきました。また、コストを削減するために現地の材料サプライヤーと連携し、製品価格の引き下げに取組んできました。 日系最大手スーパーマーケットのイオンはベトナム製品の販売を最優先にしており、商品棚の80%がベトナム製で、残りが日本などから輸入された製品です。 イオンベトナムの代表者によると、日本の小売業者がベトナムにある高品質な製品を消費者に届けるために、イオンのような大手小売業者の流通システムが重要な役割を果たしていると説明しました。このシステムを使えば、ベトナム企業は日本などの国外でブランド力を高めて、国内での販売力強化に繋げることができます。一方で、製品は、日系スーパーマーケットチェーンの棚に陳列される前に、生産者情報を明確にすると同時に食品安全検査を受ける必要があります。 ベトナムの企業は、外国の品質基準をクリアした安全な製品の生産に取り組むことにより、グローバルサプライチェーンに参入することができるのです。

日本の食料品企業がベトナムでプレゼンスを拡大

ベトナム投資新聞によると、日本の食品業界がベトナムでのプレゼンス向上に向けて機会を模索しています。 今年初め、日本ベストフーズ社は、南部ドンナイ省のロンドウック工業団地で、食肉加工及び保存設備に1400万ドルを超える投資を行いました。 また、クールジャパン機構、日本ロジテム、川崎汽船の3社で設立した合弁会社CLK Cold Storage Company Limitedも最近ビンズン省南部での冷凍冷蔵倉庫の建設に1800万ドルを投資しました。 CLK Cold Storage代表の酒井 直樹氏は、食品安全に対する要求が高まる中で低温サプライチェーンの確立は必須だと説明しました。 最近、食品加工業を含む日本企業約20社の視察団が投資機会を探るためにホーチミン市を訪れました。 日本貿易振興機構(JETRO)理事の真銅 竜日郎氏によると、日本企業はベトナムの特にホーチミン市、バリア ブンタウ省、ドンナイ省などの南部地域に興味に持っています。 また、ジェトロ・ホーチミン事務所代表の滝本 浩司氏は、Dau tu新聞の記者に対し、日本の企業にはドライフルーツ、麺類、水産加工品、牛肉、ワインなどのベトナム産品が人気があると語りました。 日本の食品会社の多くはスーパーマーケットやコンビニエンスストア、レストランを通じてベトナムに進出しています。 ホーチミン市、ハノイ市、ビン …

日本料理は観光を促進するのに役立つ

ベトナムと日本は、その地理的環境と料理に類似性があり、共通の特長を双方の料理で活かすことによって、観光の促進に役立てることが可能です。 トゥイ チェ紙は、ベトナムと日本の調理師、食品業界関係者、レストラン経営者らが参加し、両国の料理の類似点と観光産業において料理が果たす役割について議論するセミナーを開催しました。 在ベトナム日本文化交流センターの安藤 敏毅所長は、日本の主要都市には多くのベトナム料理店が出店し、地方テレビ局でもベトナム料理を取り扱う番組が増えており、一方、ベトナムでもホーチミン市には200軒もの日本料理店が出店し、これ以外にも300件以上のレストランで日本食が提供されている状況を説明しました。 また、ベトナムに18年間滞在し、ホーチミン市の5つ星ホテルの日本料理店で料理長を務める西山氏は、ベトナムで初めて日本料理を食べたとき、本国との味の大きな違いに驚きましたが、今では本当の日本の味にかなり近づいており、その理由として、ベトナム人料理人の技術の向上を挙げました。 セミナーに出席した専門家によると、ベトナムと日本は南北に長い国土に沿って海岸線が続いており、ベトナムの食卓では毎日魚介類と野菜の料理がならびます。 海外向けにベトナム料理のプロモーション活動をしているグエン ニャ博士によると、両国の料理の特長は、調味料に頼らずに素材の新鮮さと自然な風味を活かす点にあり、共通する蒸し料理と焼き物を挙げて、他の方法と比較して素材の味を失わずに料理を提供できる優れた調理法であると説明しました。加えて、新鮮な生の魚介類を使用することも共通点として挙げました。 食料品製造業のエースコックベトナムの梶原 潤一CEOは、共通点として米料理と麺料理を加えた後、両国で異なる点として、塩味を加えるのに、ベトナムでは魚醤を使うが、日本では醤油を使うことを説明し、「これらの類似点や相違点を知ることによって、ベトナムからの米の輸出が拡大し、他方でベトナムで日本製品が拡がることに繋がった。」と強調しました。 ホーチミン市観光局のヴイ タ ホアン ブゥ氏は、観光産業の魅力を高めるために地元料理が重要な役割を持っていると説明し、ホーチミン市には2016年に500万人以上の外国人観光客が訪れ、そのうちの50万人が日本から来て頂きました。ホーチミン市は東アジアで4番目の観光都市に成長しましたと発言しました。

ベトナム米の品質向上の必要性について

ホーチミン市で開催されたベトナムの米生産者と輸出業者による穀物の生産と輸出の維持と、付加価値を高めるための品質向上に関する会議に関する記事がありましたので翻訳しました。 ベトナムの2017年から2020年にかけての米市場開発戦略に関する議論を目的とした会議で、商工省の輸出入部のファン バン チン部長は、世界的な米市場の動向として、主要な米輸入国が国内での生産量を増やしている状況を説明しました。 「自由貿易協定は、ベトナムが輸出を拡大する機会の創出に繋がりますが、ベトナム米が相手国に受け入れられるためには、相手国の品質要求を満たす必要があります。 持続的な米の生産と輸出を達成するために、政府は2017年から2020年の米市場開発戦略を承認しました。」 また、同部のチャン スアン ロン氏は、「この戦略の目標の1つは、米の輸出量を徐々に減らすと同時に、付加価値を向上させることです。2021年から2030年は、年間の米生産量が約4百万トン、総売上は23〜25億ドルと予測しており、香り米、特定用途米、ジャポニカ米、高級種などの高付加価値品目の割合を増やしていきます。輸出先はフィリピン、マレーシア、インドネシアなどのアセアン各国や中国、バングラデシュを主要相手国として維持しながら、アジアやアフリカ市場に注力していく計画です。」と説明しました。 また、ベトナム食品協会のフイン ミン フエ事務総長は、「世界市場で取引されている米の主要品種は、バスマティ、パーボイル米、香り米、破砕米、もち米、ジャポニカ、長粒米であり、ベトナムではその中でも香り米、破砕米、もち米、長粒米が多く生産されています。米製品を取り扱う穀物商社は、ベトナムの米産業に寄り添って、この伝統的な市場を発展させるために優位性を活かすべきです。穀物商社の競争力強化は米市場開発戦略の一つですが、品質向上とコスト削減を促進して営業力を強化する必要があります。加えて、穀物商社と供給業者は、市場の需要を効率的に満たすために農家としっかり連携する必要があります。」と述べました。 チュンアン ハイテク ファーミング社のファン タイ ビン氏は、「安全な生産プロセスを使用する農家と契約した穀物商社とは、最初から輸出取引を行います。政府は地域毎の土壌条件を踏まえた生産品種の生産計画を策定し、品質と付加価値を向上させる技術の導入を促進させるべきです。」と発言しました。 会議では政府に対して、輸出相手国との食品安全衛生基準の合意に向けて交渉を加速すること、農業・農村開発省に対して、輸出相手国との合意に適合した品質検査と食品衛生安全規制のプロセスを保有する輸出業者の承認を進めること、関係機関に対して、港湾計画を見直し、物流コストを削減するために物品の積み下ろしを迅速化することを要請しました。 また、穀物商社に対しては、輸出を促進するため連携を求めました。。 ベトナム農業協会によれば、ベトナムは今年560万トンの米を輸出する見込みです。

ベトナムにおける台所の伝統(1)食物と歴史の融合

「それは私の祖母から始まった。彼女は旅行するのが大好きだった。」 小さくて混雑した部屋で、母と娘が聴衆に面して座っていました。ビバリーヒルズのクラスタシアンのベトナム人料理長であるヘレン アンが立ち上がりました。娘のジャクリーン アンはヘレンの隣に座っていました。カリフォルニア大学のラングソン図書館では東南アジアに関する記録保存の30周年を祝っていました。ジャクリーンは家族のレストランの起源に関する話をしました。 「ヘレンは1971年にサンフランシスコに行きました。」とジャクリーンは語りました。 「当時は戦争中でした。」 「1969年ですよ。」とヘレンは耳打ちしました。 「そうそう、ヘレンは1969年に来て、1971年にレストランをオープンしました。」とジャクリーンは語りました。群衆は、母親が娘にした穏やかで誇りに満ちた耳打ちを笑いました。ストーリーは最初から最後まで、正しく話さなければなりません。結局、それはヘレンに、そしてジャクリーンと彼女の姉妹に、そしておそらく最終的には彼女の子供たちに話し継がれることです。この物語は、アンの家族の生活を変えた日を伝えるものです。 部屋には、ニンニクの微妙な香りが空気を漂っていました。各テーブルには、ミントの仲間の緑色と紫色のベニラミスの葉が飾られていました。これらの葉の横には、ヘレンとジャクリーンが提供したガーリックヌードルが入っていた空のプレートがありました。 ママと呼ばれることを望んだヘレンは、融合の母と呼ばれます。ヘレンは伝統的なベトナム料理にフランス料理やアメリカ料理などの異なる料理を組み合わせたことで知られています 1971年7月に最初のレストラン「タンロン」(グリーン・ドラゴン)をオープンし、アン・ファミリーはアメリカ人の舌を虜にしました。成功の後、さらに4軒のレストランをオープンしました。1991年に、サンフランシスコで2軒目のレストラン「クラスタシアン」を出店しました。1997年にビバリーヒルズに2軒目のクラスタシアンを開店しました。2009年にアンクイをコスタメサにオープンし、2010年にサンタモニカで庭園風カフェのティアトをオープンしました。ゼロからレストランを設立し、4軒以上も展開した40年で沢山の舌を魅了してきました。 ジャクリーンがキッチンに入ると、きれいで清々しいレモングラスの柑橘系の香りが鼻に届き、今はもう戻ることができない伝統的なベトナムが息づきます。ベトナムの記憶とベトナムが独立し、国として生き残るための気高い戦いは、ママ自身が料理人になる旅の始まりに心に刻んだもので、今度発売されるベトナム家庭のレシピ(An: To Eat: Recipes and Stories from a Vietnamese …

栄養サプリメントは本当に必要か

ラオドン紙(労働新聞)は、国立栄養研究所の臨床栄養学科のグエン チョン フン教授に、子供の栄養サプリメントの摂取について話を聞きました。 ベトナムでの子供に対する栄養サプリメントの使用についてどう考えますか? 栄養サプリメントはベトナムではとても人気があり、過剰な広告で販売促進をしているケースもあり、それを信じて子供に与える親も沢山います。国産品でも輸入品でもドラッグストアや子供用品店、インターネットで簡単に購入できるので、サプリメントを与えすぎてしまうこともあります。 また、医者の指導を受けずにサプリメントを使用するケースも多く、初めは効果があっても、時間と共に効き目が薄れていくため、使用量が増加してしまう危険性もあります。 最近、国立栄養研究所で診察を受ける親子が増えていますが、その理由は、幼少期からの効果的な栄養摂取により成長を促したい人や、サプリメントが効かないので相談に訪れる人など様々です。 ベトナムでは、医者からの指導を受けずに自己判断で薬品や栄養補助食品を購入し、摂取することが一般化しているため、トラブルが絶えない状況なのです。 栄養サプリメントは薬品ではないので、医師からの処方は必要が無いのではないでしょうか? 通常はサプリメントに医師の処方は必要ありませんが、子供に健康上の問題がある場合は医師の助言に沿った処方が不可欠です。多くのサプリメントには複数の栄養成分や微量栄養素が含まれますが、子供によっては特定の栄養素だけが不足している場合もあり、複数の微量栄養素をまとめて与えることが悪影響に繋がることもあります。 微量栄養素が不足している子供に栄養サプリメントが有効に働く場合もありますが、適切な量と頻度で摂取して、それでも効果が得られない場合、または、何らかの問題を引き起こす場合は、医師に相談する必要があります。 栄養サプリメントのを過剰に摂取すると、どのような害があるのでしょうか? 例えば、ビタミンサプリメントの有効成分量はビタミンの水や脂質への溶解量で決まります。水溶性ビタミンの場合、水に溶けて体内から排出することができますが、脂溶性ビタミンを過剰摂取すると肝臓に蓄積して中毒症状になることがあります。 サプリメントに起因するトラブルは、食品による健康問題と同様に、短期的には無害でも、長期的な摂取が害を及ぼすことがありますが、人によってサプリメントへの反応は異なるので、不適切な摂取による有害性を確実に検証するのは難しいのが実情です。 どのような場合サプリメントを摂取したらよいのでしょうか? 原則としてサプリメントを摂取する必要はありませんが、毎日の食生活で十分に栄養を摂取できない場合にはサプリメントの使用を検討して下さい。微量栄養素やビタミンは自然食品に豊富に含まれているので、適切な食生活をしていればサプリメントが無くても健康上のリスクを減らすことができます。

伝統と共に生きるベトナムのライスペーパー職人

ライスペーパーは生のままの魚を巻いたり、豚肉を巻いて揚げたり、火で炙ってクラッカーのように酒のつまみにする等、様々な調理法でベトナムの北部から南部までどこでも食べることができる定番の食材です。 そして、調理法に限らず、ほとんどのベトナム人は手作りのライスペーパーを好みます。 カントー省南部の路上屋台で、「工場で作ったものより絶対に美味しいから食べてみて?」とグエン ティ フエさんは私に焼きたてのココナッツ味のライスペーパーを勧めました。 フエさんは近くのトゥアン フン村で「バインチャン」と呼ばれるライスペーパーの生産者で、彼女のライスペーパーは昔から「ベトナムの米蔵」と呼ばれるメコンデルタで最高級品として知られています。 工場でもエビ塩やココナッツ、ドリアンなどの様々な味のライスペーパーを生産していますが、今でも手作りのライスペーパーを生産して生活している家族がいます。 「お客さんは村の手作りのライスペーパーを好みます。私たちが生産するライスペーパーは化学調味料を使用していない自然食品です。」とトゥアン フン村のライスペーパー生産者で3代目となるブイ ミン フィ氏は語りました。 フィ氏はライスペーパーの販売で1日に65ドルの収入があり、忙しい旧正月の時期には2倍稼ぐこともあります。 ベトナムでは、祖母が作ったようなフォー(麺)やバインミー(サンドイッチ)といった家庭料理を提供するファーストフード店は好ましく思われていません。 ライスペーパー生産は、ハ ティ サウ氏のような人々にとっては家族で引き継いでいく技術伝承が課題です。 最近、サウ氏は叔母から学んだ昔ながらの技術を娘を教えました。竹のマットで干す前に秘密のレシピで作った甘い生地を平たい皿に広げます。 家族全員で操業をしているので、83歳の母親が川岸で食器を洗う間、サウ女史の義理の息子は籾殻で火を起こします。 村は、以前は荒廃した田舎でしたが、今では流行りのカフェや携帯電話ショップといった店舗が軒を連ねており、他の職業も選べますが、サウ氏はライスペーパー生産を手放す気はありません。 …

世界で稼ぐ日本のお菓子ブランド②

海外でポッキーファンが拡大しています。現在、江崎グリコは海外30カ国で年間2億箱のポッキーを販売しています。ハイチューと同様に、ポッキーも日本人向けに開発されました。西洋のチョコレートとクッキーをベースにしたポッキーは、2つの素材の組み合わせにより、いろいろな食べ方ができるように工夫しました。 ポッキーの海外戦略は、拡販活動の現地化を進めることです。同社は東南アジア各国で人が集まる場所をターゲットに、ポッキーを楽しいときに食べるイメージの「シェア ハッピネス 」というコンセプトで製品を販売しています。タイでは、ショッピングモールがターゲットですが、大規模な商業施設が少ないベトナムでは、映画館での販売を強化しています。いずれも若い男女が集まって楽しむ場所です。インドネシアでは学校が重要な流通チャンネルで、企業はキャンパスでのアピールを重視しています。インドネシアでヒットした女性アイドルのJKT48をイメージした派手な赤色の宣伝車は、ポッキーのコマーシャルにも使用され、無料のサンプルを配布するために定期的に中学校と高校を訪れます。グリコは早い時期からポッキーファンを獲得するためこういった方法を取り入れています。 グリコはまた、イスラム諸国向けにも現地のニーズを捉えたマーケティング戦略を実行しています。ラマダン月の昼間はイスラム教徒にとって断食の時間ですが、日没後は友人や家族が集まり、深夜まで食事と買い物を楽しみます。グリコは、イスラム教徒の人々が大切にするラマダンの幸福を共有するアイテムとしてポッキーを定着させたいと考えています。グリコが断食後に食べるスナックとして定着すれば、中東だけでなく広範なイスラム社会での大きなヒット商品になるかもれません。 海外で成功した日本のスナックには以下の共通点があります。 1.日本の独特な商品で、外国で似たような製品はありません。 2.現地の味覚や好みに合わせて味を開発しています。 3.パッケージのサイズは、現地の習慣と文化に対応しています。 4.価格は、地域の経済情勢を反映するのではなく、ブランドの魅力を高めるために設定されています。 5.宣伝活動は、現地の習慣、文化、宗教に配慮します。 6.人材は、外国での事業運営に精通し、価格設定と拡販計画を迅速に実行します。 日本企業は、日本独特の商品を開発するために外国の文化や食べ物を取り込み、組み合わせることを得意としています。海外での成功の可能性が高い製品以外にも、日本には多くの独自の製品が存在するものと思います。。 人材に関しては、多くのスナック菓子メーカーは、社内に適切な人材が少ないので、商社や消費財メーカーでの外国業務経験者を採用していますが、将来的には社内で必要な人材育成をしていく必要があります。 多様な人材を確保することは、日本独特の製品を外国市場で販売する上で不可欠です。日本の「ガラパゴス」製品には多くのビジネスチャンスがあり、グローバルなビジネス人材と組み合わせて、世界に引っ張り出してあげる必要があります。

世界で稼ぐ日本のお菓子ブランド①

11月11日はポッキー&プリッツの日です。認識レベルとしては、プリッツよりもポッキーなので、ポッキーの日と覚えている人の方が多いと思います。出身が大阪とはいえ、江崎グリコさんから何も頂いていませんが、昨日の仕事終わり(1時過ぎ)にスタッフ全員にポッキーを配りました。ベトナム人スタッフは「日本のお菓子だ」くらいにしか感じていなかったようですが、念のため「今日はポッキーの日だよ」なんて何度か言っておきました。 そんな感じで今日は日本のお菓子についてお話しします。 日本で独自に開発された、いわゆる「ガラパゴス」スナックは、世界中のファンを魅了しています。菓子メーカーは、国籍、民族、宗教の違いに合わせて味や販売戦略を変えることで、海外で成功を収めています。 日本の菓子ブランドがバンコクでプレゼンスを確立しています。東南アジアの主要都市の一つであるタイの首都バンコクのスーパーマーケットを訪れれば、棚に占める日本のお菓子の量に驚くと思います。棚に陳列されているのは、グリコのポッキーとプリッツ、森永のハイチュー、カルビーのかっぱえびせん、湖池屋のカラムーチョ(ベトナムでも発売されました)などです。日本で親しまれているパッケージにタイ語で書かれたブランド名が、現地市場にどれだけ食い込んでいるかを証明しています。 日本のお菓子ファンが増えているのはタイだけではなく、シンガポール、台湾、香港、中国、インドネシア、北米、ヨーロッパ、中東などにも拡大しています。海外での日本のお菓子ブランドの成功要因について、森永ハイチューとグリコのポッキーを事例に説明します。 ハイチューは米国で現地化を進めたことで有名です。ハイチューは米国で驚くべき人気を誇っています。ハイチューは日本人の好みに合わせて開発された独特の触感が人気の「ガラパゴス」ブランドを象徴する製品です。ハイチューは、最初に野球のメジャーリーグでチャンスに出会いました。ボストン・レッドソックスの田澤選手が日本から持ってきたハイチューをチームメイトに与えたところ、選手たちはすぐにハイチューのファンになったので、森永は試食サンプルを提供するようになり、最終的にチームとスポンサー契約を締結するに至りました。 同社はその後もミネソタ ツインズ、シカゴ カブスとスポンサー契約をし、NBA(全米バスケットボール協会)のニューヨーク ニックスとも提携しましたハイチューの売上は順調に伸ばし、今では有名スーパーマーケットで定番品となりました。米国在住の日本人とアジア系米国人から人気がありますが、ラテン系米国人のファンも増えつつあります。 ハイチュー成功の秘訣とは、米国でのハイチューの人気はメジャーリーグによるものだけではなく、大きな要因は現地志向のマーケティング活動でした。まずは味に関して説明しますが、ハイチューの基本的な味のラインナップはイチゴ、ブドウ、青りんごです。米国では、これにブラックチェリーとマンゴーを加えました。マンゴー味は、急速に人口が増加しているラテン系米国人をターゲットに米国市場向けに特別に開発された味です。これと同じように中国ではミルクと桃味が販売されています。国、地域、民族の味覚に合わせてフレーバーを開発することで現地化を成功させているのです。 また、パッケージも重要です。米国では、ハイチューの500グラムパックが卸売チェーンのコストコでよく売れています。ホームパーティーを開催する米国人の習慣に対応した大型パックが開発されました。取りやすいように配列したハイチューバッグはパーティー参加者に人気です。 中国では、結婚パーティー用にさらに大きなパッケージで販売されています。逆に低所得層向けに7粒入りの小売パックも販売されています。インドネシアではさらに小さな3ピースパックを販売する計画もあります。森永は、ハイチューの価格をすべての消費者がアクセスできるように設定しようとしています。しかし、競争相手との価格競争を招き、ブランド価値を下げるほど安価にするのではなく、消費者が買いやすいように価格上限を設定したのです。 流通チャンネルは、海外市場参入で成功するための重要な決定要因です。ハイチューの場合、森永はセブンイレブンで試験販売するために最初は台湾の工場から米国に出荷しました。結果は成功で、森永はこれに続いて日系とアジア系のスーパーマーケット向けに流通を拡大しました。さらに消費者の肯定的な反応を確認して、全国のスーパーマーケットに拡大しました。2015年の夏からは米国での需要に応じて米国工場での製造を開始する予定です。森永は消費者にハイチューを米国のブランドと思ってもらうことを現地化の究極目標として設定し、ハイチューを海外市場での成功事例にしようと考えています。